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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)26号 判決 1988年6月28日

大阪市住之江区中加賀屋二丁目六番九号 ストークマンション住之江六〇一号

控訴人

山元忠光

右訴訟代理人弁護士

坂田宗彦

鈴木康隆

同市住吉区住吉二丁目一七番三七号

被控訴人

住吉税務署長

山本奎彦

右指定代理人

佐藤明

石田一郎

大崎直之

西峰邦男

幸田数徳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人が昭和五五年一〇月二二日付で控訴人の昭和五二年分ないし昭和五四年分の所得税についてなした更正処分のうち、総所得金額が昭和五二年分につき八〇万円、昭和五三年分につき八〇万円、昭和五四年分につき九〇万円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取消す。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実適示と同一であるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  被控訴人の同業者抽出基準は、売上金額を除けば、単に専ら機械修理業を営んでいる者というのみであつて、右同業者がどのような機械の修理業か、専属下請か否か、従業員の数は何名かがいずれも不明であり、控訴人との類似性を検討する条件に欠けるだけでなく、控訴人は、高千穂鉄工の専属下請であつて、材料が無償支給され、その仕事は出張が多く、専門技術を有する労働者を常時雇用している等の特殊事情があるから、これらの事情を備えた同業者との推計でない被控訴人主張の推計には、その合理性があるとはいえない。

(二)  甲第八号証の一ないし一〇九の見積書が高千穂鉄工の査定を見込んだものであるとしても、査定の実績は右見積書による請求額の七、八割であるから、少なくとも、消耗品費、交通費、宿泊費については、右見積書による請求額の七、八割を経費として認めるべきである。

(三)  福利厚生費、交際費、雑費は、企業活動上当然生ずるものであり、領収書等の直接証拠がなくても、控訴人の同業者のこれら費用の同業者率を基準にして、右費目金額を推計することができるところ、被控訴人が控訴人の同業者として、原審で当初主張していた業者(右主張は、その後撤回されたが、これらの業者は、抽出基準からして、被控訴人がその後主張する業者より、控訴人との類似性が高いものである。)の右費目の同業者率は、別紙福利厚生費等同業者率表記載のとおりであつて、右平均経費率(福利厚生費が二・二八一パーセント、交際費が五・七二三パーセント、雑費が一・二三三パーセント)をもつて、控訴人の昭和五四年度の売上からこれら経費を推計計算すると、福利厚生費が七四万八五一〇円、交際費が一八七万八〇〇二円、雑費が四〇万四六〇八円となり、いずれも(但し雑費については約三分の二)控訴人主張額を上まわるのであつて、すくなくとも控訴人主張額は経費として認められるべきである。

2  被控訴人

(一)  控訴人の右(一)ないし(三)の主張は争う。

(二)  被控訴人が主張する同業者率による推計は、売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた、いわゆる算出所得金額の売上金額に対する割合(算出所得率)によつて推計するものであるが、右推計方法は、控訴人が営む機械修理業の場合、売上原価(差引原価・外注費・雇人給料賃金の合計額)及び一般経費が売上金額に比例するとして推計するものである。そして、右同業者所得率による推計は、売上原価及び一般経費を一括して推計するものであり、各経費科目ごとに個別推計するものではない。なぜなら、同業者間においても、常雇人を主体として営業する者、外注を主体として営業する者、取引先との接待交際に力を注ぐ者、従業員の福利厚生に力を注ぐ者、広告宣伝に力を注ぐ者等それぞれの営業方針によつて各経費の割合は異なるのであるから、売上原価・一般経費の合計を一括して推計することにより、各同業者間に通常存する右のような差異をも包摂した平均値を得ることができるからである。

これに対し、控訴人の福利厚生費、交際費、雑費について、控訴人が主張するように、経費項目の一部についてのみの個別推計は、右のような差異を完全に吸収した平均値を得ることは困難であるから、合理的な推計方法といえないというべきである。もつとも、すべての経費項目について、個別推計を行い総経費額を算出するというのなら、まだ結果的に同業者間の差異を捨象した平均値を得られる可能性もあるが、控訴人のように、一部の科目についてのみ推計計算を、他について実額を主張することが許されるとすれば、不当な結果を招来することが明らかである。すなわち、仮に一部の経費科目について、同業者経費率を適用して推計した金額が当該経費の金額として認められるとすると、納税者は、課税庁の主張をみた上で、各経費ごとに同業者率との検討を行つた上、実額の方が多い経費科目だけ証拠資料を提出し、実額の方が少ない科目については、証拠資料がないとして同業者率による推計した金額を主張するといういわゆる良いとこ取りが可能となる。このことからも、控訴人の主張するような推計方法の合理性を認められる余地はないのである。特に控訴人が主張する同業者(四件)は、被控訴人が原審において撤回したものであり、控訴人自身、当該同業者に類似性がないと原審において主張していたものであることを考えれば、その不当は明らかである。

三  証拠

原審及び当審の訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴は棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり補正付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1(一)  原判決一一枚目表七行目「若干行うこと」の前に「、岩本章、アルス株式会社、大倉昭等からの修理依頼を受けて、」を、同裏初行の「宿泊施設の料金」の次に「のうち少額の分」を付加する。

(二)  同一二枚目表九行目の「乙第二八号証」、同裏六行目の「甲第五号証」の各次に、「原審における控訴人本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨」を、それぞれ付加し、同一三枚目表六行目の「乙第二八号証」を「乙第二七、第二八号証、原審における控訴人本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨」と訂正する。

(三)  同一七枚目表一〇行目から同裏七行目まで(昭和六二年五月二五日付更正決定を含む。)を次のとおり訂正する。

「そうすると、昭和五四年分の経費合計額は二四四七万八一四二円となり、原告の同年分の事業所得金額は売上金額から右経費を差し引いた八三三万六八五八円と算定される。そして、同年分の本人所得率は〇・二五四〇となるところ、原告の事業形態、事業内容等に係争各年を通じて特段の変化は認められないから、本人所得率を用いて昭和五二年分及び昭和五三年分の原告の事業所得金額を推計することには合理性があるというべく、従つて右各年分の売上金額に右本人所得率を乗じて算出した昭和五二年分につき七〇一万三四四五円、昭和五三年分につき七九六万一一七二円が右各年分の原告の事業所得金額となる。」

(四)  原判決添付別表3の(一)G欄の「4,257,502」を「14,257,502」と訂正する。

2  控訴人は、当審でも、被控訴人の抽出した同業者は、どのような機械の修理業者か、専属下請か否か、従業員数は何名か等不明であり、控訴人との類似性を検討する条件を欠いているから被控訴人主張の推計に合理性がない旨主張するところ、確かに、同一機械の修理業者で、営業規模、営業内容、従業員数等が類似する業者が多数あれば、右業者の売上金額等をもとに所得率を求め、控訴人の事業所得を算定することが望ましいことはいうまでもないが、原審証人片岡英明の証言によれば、控訴人の事実上の事業所である倉庫の所在地及び控訴人の住所地、並びに、これらに隣接する地域を管理する税務署の管内には、昭和五二年ないし五五年当時、控訴人のと同様のコンプレツサーの修理を営む青色申告はなかつたこと、控訴人の事業であるコンプレツサーの修理業は、その大分類としては機械修理業であり、小分類としては機械器具部品修理業となるが、機械器具部品修理業となると、その対象として極めて小さいものも含まれることになつて、不合理であることが認められる。そうすれば、むしろ、特定の機械器具部品の修理業に限定することなく、控訴人と同様、機械修理を専業とするもので、かつ、その売上金額が控訴人の売上額の概ね五〇パーセント以上二〇〇パーセント以内の同業者の所得率をもつて控訴人の所得率を推計することは合理的であるといわなければならない。なお、原審における控訴人本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人のような機械修理業は、各専門とする機械に関する知識及び技術を利用し、右機械の修理という労務に対する対価を得ることを目的とするものであることが窺われ、このことからすると、専属下請であるか否かは、経費項目により多少の相違があつても、売上金額から総経費を差引いた事業所得金額を売上金額で除した所得率に、前記推計を不合理にする程の大きな差異があるとは考えられず、この点は、従業員数についても同様にいえることである。よつて、右の点に関する控訴人の主張は採用できない。

3  次に、控訴人は、甲第八号証の一ないし一〇九見積書が高千穂鉄工の査定を見込んだものであるとしても、査定の実績は、右見積書による請求額の七、八割であるから、少なくとも、消耗品費、交通費、宿泊費については、見積書による請求額の七、八割は経費として認められるべきであると主張するが、前掲甲第八号証の一ないし一〇九、乙第二七号証、原審における控訴人本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨によれば、右甲第八号証の一ないし一〇九の見積書に記載されている消耗品費、交通費、宿泊費は、いずれも控訴人の現実に支出した実額が記載されているのではなく、一定の仕事等についての控訴人の単なる見込額が記載されているに過ぎないこと、高千穂鉄工は、右見積書に記載の金額を重視せず、控訴人に支払うべき毎月の請負代金全額を独自に査定してこれを支払つていたことが認められるから、高千穂鉄工が、全体の金額として、右見積書に記載の請求額のうちの約七、八割を支払つていたからといつて、右見積書に記載の消耗品費、交通費、宿泊費の七、八割が控訴人の現実に支出した右各費用の実額とは到底認め難いのである。そして、右消耗品費、交通費、宿泊費については、控訴人が、前記認定の額(原判決一二枚目表七行目から一三枚目裏六行目までの部分に認定の額)以上に、現実に支出したことを認め得る領収証、請求書、その他の書証等の的確な証拠はないから、結局右以上の額を認めることはできない(なお、右各費用の額についての原審における控訴人本人尋問の結果は、信用できない。)したがつて、右の点に関する控訴人の主張も採用できない。

4  控訴人は、控訴人の昭和五四年分の福利厚生費、交際費、雑費につき、かつて被控訴人が、控訴人と類似する同業者であるとして抽出していた同業者であるとして抽出していた同業者の右各費用に関する同業者率を基準にして、すくなくとも、控訴人主張額は、経費として認められるべきである旨主張しているところ、控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人方の福利厚生費は、その従業員しが朝仕事につく前に飲むコーヒー代とかその他の飲食費であり、また、交際費は、注文者である高千穂鉄工の担当者と話をする場合や出張先等で、右担当者を接待する接待費であり、さらに、雑費は、民主商工会に支払う会費、民主商工会発行の新聞の購読費、車検代、従業員の作業服代、自動車の保険代、タクシー代等である旨供述している。しかし、控訴人方の従業員が朝仕事につく前にコーヒーを飲んだり、その他の飲食をすることがあるにしても、控訴人が右従業員の飲食代について、毎月一定額を恒常的に負担して支払つていることを窺わせる原審における控訴人本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右事実を認める証拠はない。また、交際費については、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、高千穂鉄工の専属下請であつて、かつ、他に競業者はいないことが認められるから、その営業に関し、注文者である高千穂鉄工の担当者に酒食を提供してその接待をする必要があるとは到底認め難い。さらに、雑費については、民主商工会に支払う会費や民主商工会発行の新聞の購読費は、控訴人の事業に必要な経費とは認め難いし、車検代、従業員の作業服代、自動車の保険代、タクシー代等の費用は、領収証や右費用の支払先の証明書等により、容易にその実額を証明することができるのであつて、推計によらなければならないとは認め難い。そして、原審における控訴人本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨によれば、控訴人方の福利厚生費、交際費、雑費は、前記控訴人の供述する以外の種類・内容のものはないことが認められるから、結局、本件においては、証拠上、控訴人が昭和五四年に、福利厚生費、交際費として現実に支出したものはないといわざるを得ないし、前記雑費についても、領収証、証明書等により、その実額を容易に主張、立証できるものである。してみれば、控訴人主張の推計方法を用いて、控訴人主張の福利厚生費、交際費、雑費を認めることは相当でないというべきであるから、右控訴人の主張も採用できない。

5  次に、成立に争いのない甲第一九号証によれば、浜本忠は、控訴人の訴訟代理人である坂田宗彦弁護士に対し、自己が昭和五二年ころから昭和六一年八月ころまで、控訴人のもとで働いていたこと、仕事内容は昭和五六年まではコンプレツサーの修理を出張して行い、同年以降は大津タイヤというところで常時仕事をしていた旨話をしていたことが認められるが、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の業務内容は、専らコンプレツサーの修理を行つているものであり、その修理業務を行う場所は関西一円に出張して行うか、高千穂鉄工が谷口から西成区内に貸借していた倉庫であつて、特定の場所に常駐して行うことはなかつたことが認められ、これらの事実に、前記乙第二五号証、原審証人阿部逸雄の証言に照らせば、右甲第一九号証の記載内容は、直ちには信用することができない。

のみならず、仮に、前記浜本忠の常雇人給与を控訴人主張のとおり一六一万円であると認めるとしても、昭和五四年分の経費合計は二六〇八万八一四二円となり、同年分の売上金額三二八一万五〇〇〇円から右経費を差引いた同年分の事業所得金額は六七二万六八五八円となり、同年分の控訴人の所得率は〇・二〇四九となり、右所得率を用いて昭和五二年分と昭和五三年分の事業所得金額を推計すると、昭和五二年分の事業所得金額が五六五万七六九六円、昭和五三年分の事業所得金額が六四二万二二二一円とするところ、右金額は、いずれも本件処分にかかる総所得金額を上まわるから、いずれにしても控訴人の主張は失当である。

二  そうすれば、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、行訴法七条、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 東條敬 裁判官 横山秀憲)

福利厚生費等同業者率表

<省略>

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